まず、以下の回答全てにあてはまることですが、患者さんが「プロの演奏家レベル(上級者)」か「趣味レベル」かによって若干答えが異なります。
歯並びによって演奏に影響がでることはありますか?
プロレベルでしたら影響がでることはあるでしょう。極端な出っ歯や受け口はもちろんですが、管楽器は前歯がたっているほうが演奏しやすい傾向があるので、前歯の傾斜がきつい場合は不利になります。犬歯が凸凹(八重歯)の場合、前歯はたっていることが多いので、前歯の凸凹が軽度であれば問題は少ないといわれています。前歯の傾斜が演奏に影響しやすい楽器としては、カップ型マウスピースのトランペットやトロンボーンなどの金管楽器があげられます。また、リードがあるクラリネットやオーボエの場合は、唇を巻き込みますので、前歯に凸凹があると唇に痛みを感じることがあるかもしれません。
矯正治療中に演奏はできますか?
演奏は可能ですが、慣れるまでは演奏しにくいと感じるでしょう。特に演奏時の形が出来ている上級者の場合は、装置をつけることによる口唇の微妙な変化により、難しい音が出しにくくなることが考えられます。矯正装置は、慣れるのに最低でも一ヶ月程度はかかりますので、大切なコンクールや演奏会の直前に矯正装置をつけることはお勧めできません。慣れた後も、吹くと疲れやすい・唇に傷ができやすい・前と同じ音が出ない等の影響が残るかもしれません。
特に歯を抜いて矯正治療をする場合は、最初のうちは歯を抜いた隙間も大きいですし、歯並びも日々変わっていきますので、上級者の方は安定した演奏が難しく感じるかもしれません。カップ型マウスピースのトランペットやトロンボーンなどの金管楽器の場合は、マウスピースを唇に押しつけるため、矯正装置の出っ張り自体が気になったり、音域に変化が出るかもしれません。フルートの場合は、前歯に装置がつくことにより、主に下唇が前歯の上を滑らかに動かなくなり微妙な調整がやりにくくなるかもしれません。一方、矯正治療をはじめて半年以上経っていて装置にも慣れている方が、初めて管楽器を始める場合は不具合を感じることは少ないでしょう。
どんな矯正装置が向いていますか?
楽器演奏のことだけ考えれば、なるべく小さい装置、あるいは取り外しができる装置などが望ましいということになります。しかし、取り外しができる装置は、歯を抜く治療には向いていませんし、細かい歯のコントロールも難しくなります。矯正装置にカバーをつけて、唇への当たりを柔らかくする方法もありますが、歯の移動が遅くなったり、つけている時といない時の感覚の違いが気になる場合もあります。
裏側矯正の場合は、装置による唇への影響を少なくすることができますが、表側矯正に比べて舌への影響が出てきます。個人差はありますが、タンギング(舌の動きにより音を切る)などがやりにくく感じるかもしれません。また、シングルリード楽器の場合、理論的には上顎に表側装置、下顎に裏側装置をつけることで演奏への影響を少なくできると考えられますが、通常の治療ではほとんど選択されない装置の組み合わせになります。
歯並びを改善することで、演奏しやすくなりますか?
一般的には、矯正治療後(装置をはずした後)は歯並びが改善されることにより、アンブシュア(楽器を吹くときの口の形)が安定しますので、より良い演奏ができるようになりますという回答になるでしょう。しかし、プロの演奏家レベルになると、あえて理想的な歯並びを崩してカスタマイズすることもあるようです。見た目は多少悪くなっても、上顎前歯間にスペースを開ける(スペースがあると、音抜けが良く楽に吹くことができるらしい)などの例を聞いたことがあります。また、矯正治療以外でのアンブシュア改善方法として、歯を削って表面に人工物を接着したり、演奏時に凸凹の歯に一時的にカバーをつけたりする方法もあります。